キャッシュレス成長日記

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あの日は天気が良い日でした(3.11)①

 完璧なる番外編です。

 キャッシュレスの話は出ません。

 

 私は2011年3月11日は東北地方の某市にいました。詳細は身バレにも繋がりますので、隠しますが・・・沿岸地域では津波被害がとても大きかった県にいました。

 私が当時いたのは内陸だったので津波被害はなく、怪我も何もしませんでしたが当時の町は中々の大変さでした。

 当時の記憶を思い出しての記事になりますので、情報に齟齬があると思います。そちらをご理解の上で読んでいただければ幸いです。

 

 ではでは・・・

 

 当時、私はまだ大学生でした。

 昼過ぎに友人と会い、「新年度も一緒に頑張ろう」という話をして昼飯を一緒に食べていました。食べた後はマンションに戻り録画していたテレビを見ていました。戻った時間は14:30頃だったと思います。

 

 撮りためたテレビ番組(確か・・・ヘキサゴンだったかなぁ?)を見ていたら映像が止まりました。

私「え?どうしたtorne?」(これが地震の影響だったのかは全くの不明。停電が解消された後は問題なく見れたんですが・・・)

 

 14:46 突然の揺れを自覚。

 

私「あ、揺れてる。最近地震が多いよなぁ」(3月11日の前から地震は非常に多かったんです。よく、友人と「何か多いよねぇ」と話していました)

 

 小刻みな揺れは非常に強い揺れへと変わった。「!?!?!?!?」、本当に頭の中がこうなりました。

 背の高い本棚が部屋に置いてあったんですが、本当に倒れそうになったので慌てて押さえました。食器棚に置いてあるお皿が落ちて、数枚は割れていました。

 

 体感としては・・・約3分ぐらいの揺れが続いていたような気がしました。

 地震発生時より停電が発生。ですが、携帯の電波はまだ使えていました(?恐らく)

 

私「んー・・・一体どのくらいの地震だったんだろう?」(この時から地震の被害の情報が得られず、あの津波を知りませんでした)

 

 停電を確認したため、携帯のバッテリーを大事にした方が良いだろうと思ったため携帯の電源を切ることに。そして、ライフラインは何が使えるのかも分からなかった為にガスコンロの火が付くか、水道が出るかを確認した。

 

 火はついた!蛇口からも水が出る!(これが後に・・・)

 

 私「と、いうことは停電のみと考えていいのかな?」と少し安堵しました。

 

 外の様子が気になった為、アパートの廊下を出てみたら外には何人もの人が出てきており、様々な人が

 

「一体何があったんだ!?」

「停電してる!?大丈夫!?」

 

 など、少ない情報を共有しようとしている感じだった。ふと、視線を下にすると隣室のおばあちゃんが腰を抜かしているのか座り込んでいた。

 

私「大丈夫ですか?」

おばあちゃん「うん、大丈夫。あまりにも驚いちゃってね・・・部屋から何とか出てきたんだ。とりあえず、このまま少し休んでいるよ・・・」

 

 そして、私は街の状況も気になってしまい、また当時付き合っていた彼女も心配になった為・・・

 

私「・・・うし!散策に出るか!!」(こんなこと、容易にやるものではありません。私がアホなのです)

 

  部屋に戻って、ある荷物を探しました。

 

私「あぁ、あったあった」

 

 これとは別だったんですが、実は防災セットを持っていました。

 

私「・・・いや、何でこれ送ったの?」

母「ん〜?備えあれば憂いなしでしょ?」

 

 これを3月11日の1月前ぐらいに何故か母親から送られていました。いやぁ・・・まさか使う機会があるとは思いませんでしたね。母親も「まさか、使う時が来るとは思わなかったね。役に立って本当に良かったよ」という感想。

 

 

 防災セットを担いで自転車に跨がり、いざ、彼女のマンションへと移動しました。

 ちなみに、私が住んでいたアパートの敷地では一部地盤沈下が起きておりました。最近、そのアパートを見に行きましたが問題なく建っており、アパートとしては問題なかったんでしょうが・・・「引っ越そう!!」って思いましたねw

 

 まぁ、酷い惨状でした。

 

 ビルや商店街の窓ガラスは割れていて道に散乱しているところもあれば、信号が停電のため交通渋滞の発生。警察官ではない一般の人が交通誘導をしていました。

 とにかく、人でゴタゴタしていましたね。「何事!?」「あんな地震初めて!」というのが飛び交っていました。

 

私「いやぁ・・・これはすごいなぁ・・・」

 

 と思ったのが私の感想。

 

 そして、彼女のマンションに着く。オートロックの自動扉だったので進入は不可。チャイムも鳴らせず・・・

 

私「・・・あ、非常扉が空いてるからここから入れるな」

 

 と見つける事が出来たためマンション内へ侵入し、彼女と会う事が出来ました。(ちなみに、この彼女とは2年後に別れました)

 部屋には彼女のお母さんもいました。

 

私「無事?」

 

彼女「無事無事、ただ情報がわからないね。」

 

私「・・・あ、ラジオがあるわ。防災セットの中に」

 

彼女「何で持ってたの?」

 

私「いやぁ・・・カクカクシカジカ」

 

 という事で、3人でラジオを聞くことに。

 ここからが記憶があやふやなんですけど・・・まぁ、情報が錯綜している感じでしたね。マグニチュードが7とか言っていたような・・・(実際はマグニチュード9)、津波はこの時、聞いていませんでしたね。

 

 この時の時間は15:30頃。まぁ、東北のこの時期は非常に寒かったです。

 

私「いやぁ、寒いな」

 

彼女「寒い」

 

あちらの母親「ガスコンロが使えるし、ミネラルウォーターがあるからご飯は作れる。一緒に食べましょうか?」

 

 という事で、3人でご飯を食べました。

 

 18:00頃に自分は自宅に帰りました。道路はさらに渋滞しており、警察官が必死らこいて整理をしていました。

 

 とにかく暗い。停電のために電灯は点っておらず、3月になっても東北はとにかく寒いです。

 

私「んー・・・電池を買いたい。部屋にあるのでは心許ない。後はちょっとした食料も・・・」

 

 アパートの近くのファミリーマートに行ってみることにした・・・

 

 大行列!!

 

 ファミリーマートにこんなに人が来るんだ・・・って思いました。

 

 でも、日本人の美なのか国民色なのか分かりませんが、みんなレジカウンターまでちゃんと並んでいるんですよね。

 で、停電のためレジも使えなくなっており会計はどうするんだろうか?と思っていたら

 

店員さん「レジは使えません。商品棚に置いてある値札を見て各自で計算をしてレジへ並んでお持ちください!!出来る限りお釣りが発生しないように!!」

 

 と大きな声でアナウンスしていました。

 

私「・・・え、これは完璧なる個人によってはちょろまかしたり、値段を偽ったりする人が出てこないかな?」

 

 と思いました。まぁ、私はやっておりません。無事に電池と多少の水分と食料を確保して購入させていただきました・・・多分、多めに払ったかなぁ?

 店内は真っ暗だったため携帯の電源をオンにして懐中電灯代わりに使用して値札とお金をチェックしました。

 

 

私「いやぁ・・・ファミマで買い物するだけで1時間以上かかるとは・・・携帯も懐中電灯の役割しかないし・・・電波つながらないし」

 

 とぶつぶつ言いながら歩いて、ふと空を見上げたら・・・

 

私「何じゃこの空は・・・」

 

 今までに見た事がないくらい綺麗な夜空でした。星があんなにも沢山見たのはあれが初めてでした。

 あの星空が私のこれまでの生涯でみた一番美しい夜空でした・・・皮肉なものです。

 

 真っ暗なアパート、真っ暗な部屋、割れた皿がどこにあるか分からない状態・・・

 

私「・・・まぁ、やる事ないし寝よう。寝るしかないわ」

 

 と思って布団に潜り込みました。けれど、1日中続く余震、アパートと言っても半分マンションみたいなものだったので揺れる揺れる。その時、私が思ったことは・・・

 

私「あぁ・・・このまま寝て起きたら潰れていて死んじゃいました。ってなるのかなぁ?恐いなぁ・・・」でした。で、少し気分を紛らわそうとバッテリーが貴重な携帯を使ってワンセグを見ました。

 

私「・・・何じゃこりゃ」

 

 それは津波の映像でした。ですが、本当に少ししか見ておらず、被害の全容や津波のひどさは全くわかりませんでした。

 

私「・・・ダメだ。恐くて眠れなくなるから、とにかく寝よう」

 

 まぁ、何やかんやで寝ていましたけどね。

 

 

 その頃、地震の被害がなかった実家ではというと・・・

 

 母親と弟はショッピングモールに買い物をしていたそうです。すると、館内アナウンスが流れ出し「東北地方で大きな地震が発生しましたが、当施設は影響がありませんのでご安心ください」というような内容だったそうです。

 

母「へー。こりゃ大変だなぁ。お兄ちゃん(クレLabo)も、じーちゃんもばーちゃんも大丈夫かな?」

弟「大丈夫じゃない?まぁ、家に帰ろうよ」

 

 と家に帰ってテレビを見たら、

 

 母親顔面蒼白

 

母「いやー!お兄ちゃん大丈夫かな!?連絡が取れない!! じーちゃんの所にも連絡が取れない!!」

 

 この時の弟曰く・・・「いやぁ、本当に大慌て。茫然自失と慌てるが同時にやってきた感じ」

 

 そんな慌てふためく母を弟は「大丈夫や!お兄ちゃんは悪運が強い!多分生きてるはずだ!!」と説得したそうです。

 

 ちなみに、父も仕事中に知り驚いたそうです。

 

 

 一夜明けて、3月12日

 

私「おはよー!!」

 

 問題なく起きました。いやぁ、あの時の日光の明るさを忘れられないですね。明るい!ってなんて素敵なんだろう! お日様大好き!って改めて思いました。

 

 情報を知りたいためにラジオを付けました。

 その時に言葉だけで「津波」「マグニチュード8(この時はまだ9とは言ってなかったような・・・)」というのを知りました。津波が起こったのは昨日の夜で知っても被害状況がさっぱり分からないため、スルーしました。

 

私「うーん・・・やっぱり映像がないと分からない。水飲もう」

 と思って地震後に初めて台所へ。それまでは冷蔵庫にあった水やお茶を飲んでました。

 その時に割れたお皿を掃除。蛇口を捻ると・・・

 

 水出ない

 

私「!?!?!?!?」

 

 これはマンションあるあるだったみたいなのですが、マンションの水って貯水タンクに電動で貯めておくみたいで、それを各部屋に送るらしいんです。私のアパートはマンションのような構造をしていたため、それに該当していました。

 停電になっても屋上に貯水タンクが置いてあるパターンであれば多少はもつらしいんですが、空になったら・・・

 

私「給水所はどこだー!?」

 

 とラジオで給水所を確認して、防災セットに入っていた折り畳みポリタンクを抱えて向かう。

 朝の7:00頃でしたね。

 

 長くなったので、この記事はここまでに。